ぬくもりなんてやさしいものじゃない、生々しい体温を求めていた。
手のひらにべっとりとくっついた赤い液体を見つめて視線を落とせばそこに倒れているのは土方さんだった。とめどなく溢れてくる赤にああ、手遅れなのだなと冷めた頭で認識する。
寄り添い重さを預け合って平熱の体温を分け合うような、ままごとみたいで平和な茶番は自分たちには似合わなかった。ぬるい血飛沫を浴びて汚れて、そんなことで滾った体温が同じ高さになるのを示し合って乾いた笑みをこぼしていた。
それでもたしかに、誰も知らない自分の温度を、土方さんだけが知っているのだった。手のひらで凝固していく土方さんの血液が俺の体ごと固めていってしまうように動けなくなって、せり上がってくる焦燥のような何かでこめかめに汗がじわりと浮かぶ。正体のわからないそれが喉元までくるのを感じると、ブレーカーを落としたように視界がブラックアウトした。
目を開けると薄い暗闇の中で白い色が広がっている。瞬きをしてピントを合わせるとそれが包帯を巻かれた土方さんの腹だと分かった。呼吸に合わせ少し膨れて、元に戻る。夢だけど、夢じゃない。
「……!」
途端に状況を理解して跳ね起きようとする体を、脳が咄嗟に押さえ込んだ。頭に重みを感じたからだ。
俺の頭を片腕で抱え込んで横向きに眠る土方さんの心臓が耳元で規則正しく脈打っていて、その音が目を覚ます直前の感覚を溶かすように俺の体に染み込んできた。拍子抜けだと小さく呟いてから、口の端が微かに上がっていることに気付いてどうせ誰も見ていやしないと今度こそはっきり笑った。失笑だ、ざまあない。
傷を負った獣のくせに無防備に眠る、土方さんの拘束を抜け出して枕元で顔を見下ろす。朝は近付いているが目を覚ますのは空いたスペースが完全に冷える頃だろう。
「アンタは俺が殺るんですから、そう簡単にくたばってもらっちゃ困りやすぜ」
聞こえない音量で言い残して障子に手をかけて廊下へ出た。そのまま後ろ手で閉めてふと、ひっくり返して目の前で広げてみるとなまっちろいいつもの自分の手のひらがある。他人の温度から、少し低めの本来の体温に戻ろうとするところだ。
(あの男の、熱い体温を知っている)
怪我の発熱なんかじゃない。俺がそうであるように、土方さんもまた、俺だけが知る体の熱さを持っている。
「……腹の傷がふさがったら、」
覚悟しといてくだせェ。早起きの鳥が一羽だけ、庭で俺の物騒な呟きを聞きつけてピィと鳴いて飛び立っていった。
ぬくもり[2015.09.22 沖土ワンドロ第一回目]