総Xの短い文よせあつめ03/別軸なので繋がりはありません

Take5.


 自分が女に生まれていたら、侍になることもなくこうして平和にショッピングなんか楽しんで暮らしていただろうか。栓ないことを考え、沖田はあまりのくだらなさにげんなりした。
 姉妹で、という考えは頭の中ですぐに掻き消す。楽しい想像はもしもの度合いが高いほどつらい。
(ついでにこのショッピング、まったく楽しくねえ)
「似合いやす?」
「いいんじゃねぇの、」
 服を選ぶ女への適当な相槌は男だった頃と何一つ変わっていないのだろう。
 土方は凡そ自分の巨体に合う服のない店ばかりを回って辟易としている。サイズを考慮しなくても年齢や傾向からして土方には到底着られないデザインの服が並ぶなか、どの服も着こなしてみせるであろう沖田はシンプルな赤い靴を手に取った。ストラップ付きのピンヒール。
「……お前にはまだ早い」
「そこは『いいんじゃねぇの』じゃねぇんですか」
 土方のほうが女のことを知っている。
それは性別を変えられてしまってからもその前も、沖田が干渉することのできない確固たる事実として存在していた。悔しさに沖田が唇を噛めば、そこに親指があてられそっと咎められる。指は丸くて、顎に添えられた残りの指もやわらかい。沖田はおかしな画づらだと他人事のように思うが、動作自体は実に手慣れたものだから心に暗雲が立ち込める。
「傷になるだろ」
(……なめやがって)
 わざとだろうが無意識だろうが知ったことではないと腹立たしさを表情に出した。
(今までの手練手管でどうにかしようとするなんて)
 沖田は大きく舌打ちする。店の奥にいた店員がびくついて二人のほうを振り返ったが、そちらに気を向ける余裕はなかった。
 顔をしかめた土方は、一体どんなつもりだというのか。自分に向けられた態度を不快に思ったのか、女が舌打ちのような真似をと感じたのか。後者だとしたら容赦なく殴りたい。
 沖田の機嫌は悪化するばかりだった。子どものような振る舞いなどしたくないと思うのに、波立つ感情を制御できないのはこの体が女だからなのか何なのか判断ができなかった。
(このまま女の真似事で誘っても絶対に靡かないくせに、)
「女扱いしないで下せェ」
「はぁ?」
 目の、腕の、思いの届かないところに居る土方を見せつけられるのが耐えられない。沖田のそれはまさしく幼稚な、女の子のおままごとみたいな恋と独占欲だった。
「俺は女扱いもガキ扱いも御免ですぜ。こうなった今は、アンタのこと傷モノにしてやりたいと思ってまさァ」
「相当な物好きだな」
「自分のほうがカワイイって、旦那と張り合ってたくせによく言いやすよ」
「アイツよりはイケてんだろ」
「ふっ……」
「殴んぞ」
「……これ、棚に戻してきやすから」
 手にした赤いヒールを示して笑う。
「アンタの見立てを聞かせて下せェ」
 絶対に思うままに染められてなどやらない。その上でこの男――ではないがややこしい――を落とさなければと、潔いまでの切り替えで女の頭を働かせ始める沖田もまた、すっかり今回の状況に振り回されるかわいそうな当事者の一人だ。



Take6.


「何でィ、土方さんアンタ最初から男しかダメだったんですかィ?」
「んなわけあるかよ!」
「ですよねぇ」
 浮き名を流した色男だ。任務のために囲っている女も数えられるほど知っている。
「じゃあこんなにカワイイJKに迫られてんだからもっと喜んだらどうなんでさァ」
「二七歳公務員がJKに手ェ出すのはさすがにヤベーから遠慮しとくわ」
「十八の公務員に手ェ出されるのがオッケーならアリでしょ」
「おい、」
 遠慮のない手つきで触れられた土方は焦った声を上げ押し返そうとするが、自分の体重を支えるだけで精一杯の体はいとも簡単に沖田にイニシアチブを握らせてしまう。
「俺はアンタが仕事で客にベタベタ触られても全然気になりやせん」
「そうかよ」
「せいぜい本物の豚と間違えられて丸焼きにされないよう気をつけることですねィ」
「丸焼きしようとしてたのはテメーらだろうが……っ、」
 沖田はきつく編まれた髪が隠す首の側面、見えるかどうかギリギリの場所に強く吸い付く。跡を残して威嚇する、嫉妬深い女のやり口みたいに。
「でも、今俺を見ないのはお仕置き案件ですぜィ。人より恋愛の仕方が陰湿なもんで」
「お前が言うと恐ろしさが倍増するわ」
「じゃあ、ムラムラしやす」
「近藤さんの専売特許だからやめてやれ」
 女だから。やわらかな肌の曲線とか感触だとか、そういうものが脳をおかしくさせるのだ、と沖田は思う。それかこちらも、女特有の感受性のようなものが芽生えてその作用で変になっているに違いないと。
抑えられない気持ちはどうしたらいいのだろう。情緒不安定なのは不測の事態のせいなのか特別なホルモンのせいなのか。
(かわいい、だなんて)
 男に戻ったら、口が裂けても言えないだろう。
「特別サービスしてやりますから、あとでぜーんぶ忘れて下せェ」
 ふわふわとした得体のしれない感情に流されて、自分と自分じゃないものの境界を見失う。どうせ長く使うこともない器だからと、とびきりの音色でうたってやった。



[2016.05.03かぶき超大集会25ペーパー]